第21回「野生生物と社会」学会 公開シンポジウム

地域主体による野生生物の保全と持続的利用の主流化に向けて
     -奄美・沖縄の生物文化多様性に根ざした基盤づくりを考える-

日時:

2015年11月22日(日)15:00~18:30

場所:

琉球大学共通棟1号館118教室

入場無料

 生物多様性の保全と持続可能な利用が世界的に課題となって久しいが、未だ、その今日的意義の認識や具体的取り組みが社会的に主流化をみるには至っていない。そうした状況にあって、その地の気候や長い歴史を通じて形づくられた人と自然の関わりに関する地域の知恵や技術が再評価され、NPOや住民団体が主体となって地域資源の保全と活用、地域遺産の伝承、環境学習などに取り組む事例が拡散しつつある。また、これらの取り組みは文化的景観といった新たな地域遺産を見出す原動力ともなり、生態系サービスもしくは生物文化多様性についての認識や、それらの保全についての意識改革を助長するツールとなっている。

 こうした地域を主体とする取り組みは、琉球列島を構成する島じまにも波及し、あちこちの島で先進的な事例がみられるようになっており、島の固有種で絶滅が危惧される動植物種の保護に主眼をおいた時代から、生物文化多様性の保全へのまなざしと生業や暮らしと一体的な取り組みが萌芽しつつある。奄美・琉球の世界自然遺産登録に向けて始まったさまざまな取り組みが、この流れをいっそう加速させる機会とすべく戦略的施策として展開されることに留意したい。

 本シンポジウムでは、循環型の生活のための島嶼ならではのさまざまな工夫が生まれた奄美・沖縄における生物文化多様性の発展的継承がもつ今日的意義について提起を受けた後、琉球列島の島じまで始まっている地域主体による野生生物の保全と持続的利用のあり方に関する取り組みの事例紹介からみえる、生物文化多様性の保全に果たす地域の役割について考え、地球環境時代にあって地域が主体となる取り組みがもたらす可能性について展望してみる。

プログラム

  • 15:00~15:10 開会の挨拶・趣旨説明
                花井正光(NPO法人沖縄エコツーリズム推進協議会)
  • 15:10~16:00 『生物文化多様性と地域の福祉のこれから』
        湯本貴和(京都大学霊長類研究所)
  • 16:00~16:10 休憩
  • 16:10~18:25  パネルディスカッション
    パネリスト
    1. 中山清美(奄美大島:奄美群島文化財保護対策協議会)
    2. 中根 忍 (沖縄島:やんばるエコツーリズム研究所)
    3. 島袋正敏(沖縄島:もくもく百年塾蔓草庵)
    4. 徳岡春美(西表島:NPO法人西表島エコツーリズム協会)
    5. 湯本貴和(京都大学霊長類研究所)
    6. コーデイネータ
                  鬼頭秀一(星槎大学共生科学部)

  • 16:10~16:20 趣旨説明(コーディネータ)
  • 16:20~17:20 パネリスト4名講演(各15分)
  • 17:20~18:25 パネルディスカッション、総合討論
  • 18:25~18:30 閉会の挨拶

基調講演『生物文化多様性と地域の福祉のこれから』

湯本貴和(京都大学霊長類研究所)

 現代社会では,生物多様性も文化多様性も,そして生物文化多様性も共通の原因で喪失している。文化の均質化と単純化を推し進めているのと同じ力,たとえば多国籍企業や農業の近代化,グローバルな市場といったものが,生物相の均質化と単純化を進めている。この半世紀,世界各地で地域の生物資源で衣食住とエネルギーの大半を賄ってきた生活が消えていき,そのかわりに低廉なエネルギーを使って,地域の気候風土とは必ずしも調和しない生活を受け入れてきた。

 もちろん,グローバル化によって,豊かで便利な生活が普及し,飢饉や災害には即座に海外からの援助を得ることができ,多くの人々が最新の医学や薬学の恩恵を受けるようになった。しかし,それはエネルギーを際限なく消費し,温室効果ガスを多量に排出する生活でもある。それにもまして,グローバル化によって世界中を巻き込んだダンピング競争が進んでいくことで地場産業がどんどんつぶれていき,地域の有用資源が使われなくなり,地域間・地域内の経済格差が広がっていく。このような経済原理に沿った,わたしたちの行動そのものが,地球温暖化や生物多様性の喪失などの地球環境問題を産み,経済発展がもたらす利益の公正・衡平な享受を妨げ続けているといえる。究極的には,地域の生物多様性と相互作用をもって発展してきた生物文化多様性の喪失こそが,地球環境問題と南北問題の根本的な原因といえるかもしれない。

 生物多様性と文化多様性を発展的に継承することは,決して「過去へ帰れ」というノスタルジックなものではない。そのなかで,わたしたちが注目すべきなのは,交易に支えられながらも,資源の限られた奄美・沖縄では,循環型の生活のためのさまざまな工夫が生まれたことである。島の固有性と脆弱性を超えて,水や食べ物を無駄なく使う知恵の宝庫が,奄美・沖縄であるといえるほどだ。多様な自然や風土のなかで,長年培われてきた再生天然資源の枯渇を招かず,さまざまな生態系サービスを持続的に利用してきた知恵を活かすことで,環境負荷を抑えた,しかも豊かな生活を推進するという未来可能性,極めて現代的な課題の解決につながっていくのである。

パネリストが紹介する地域事例① 奄美大島

 亜熱帯湿潤気候のもとで恵まれた植生と、大陸に起源する島嶼群ゆえの豊かな動物相が奄美大島の自然を特徴づけ、そのもとで自然と密接にかかわった生業や暮らしが長く続いた。今では照葉樹林で覆い尽くされた感のある森林も、手付かずのままとなると僅かに3%ほどとの見立てがあるほど広く利用されていた。ソテツの有用さが集落の裏山一帯に今も広く残存する様子からは、植栽され管理されてきたソテツを主要素とする特異な里山景観が忍ばれる。

 こうした時代にもたらされた自然とかかわる知識や技術、有形・無形の多様な文化は、様変わりした現今の暮らしから彼岸に追いやられがちであるものの、人々の心に生き続ける固有の妖精、ケンムンの伝承、豊かな自然の恵みに育まれた生業、暮らしの中に残る行事や遊びなど、いわば生活遺産といえる資産を奄美遺産として地域主体で掘り起こし、現代に活かす取り組みが奄美群島全域で始まっている。

パネリストが紹介する地域事例② 沖縄島:国頭村安田区

 やんばるの呼称で知られる沖縄島北部に鬱蒼として広がる照葉樹林。山腹が海岸に迫る地形のところどころに僅かな平地があって、河口の湿地を水田に、後背の山腹を段々畑にして集落が立地する。いずれの集落も孤立した佇まいである。そのひとつ国頭村安田区は100戸ほどの落ち着いた集落で、昔ながらの祭祀が今も大事に伝承されている。安田区は、2002年にネコ飼養規則と環境保全基金を設ける規則を制定して、地域主体による集落の環境衛生や自然環境の保全を図る取り組みを始めており、2014年には「ふるさと安田区の環境を守り育てる規則」を加えた。この規則の目的に生物多様性の保全と継承、地域活性化に資す資源の持続可能な利用などが言及されており、先進的な取り組みを志向している。また、区長が深く関与できる仕組みを組み入れたツアーガイド事業者の自主ルールを沖縄県知事が認定する保全利用協定制度を取り入れてもいる。

パネリストが紹介する地域事例③ 沖縄島:名護東海岸・二見以北地域

 太平洋に面した名護市東部の二見地区を南端に北に向け10地区が点在する。これら二見以北の地区は、市の協力を得て地域振興を図ろうと連携した取り組みを展開している。多目的施設を設置し地域資源を活用した着地型観光プログラムの提供、農作物や魚介類の地産地消、地域文化の継承に資すイベントの開催などを行っている。2013年には、域内の豊かな自然と伝統文化の保全、持続可能な循環型社会の追求、地域とツアー事業者及び来訪者の協働による地域振興の促進などを目指しエコツーリズム推進協議会を設立している。人と自然の関わりを通じてこの地に創出されたさまざまな有形・無形の所産の保存、生物多様性に富んだ海や川、マングローブなどの持続的な利用、地域との協働などに責務を課し、地域振興の担い手となることをツアー事業者に促す規約をもつ。

 この地域が普天間飛行場の移転先として新基地建設で揺れるなか、地域資源の活用と保全による地域主体の振興策に取り組むこの地域の選択と、地域の持続可能な発展への寄与を重視する観光のあり方の実際の成り行きが注目される。

パネリストが紹介する地域事例④ 西表島

 1996年、国内初のエコツーリズム協会が発足した西表島ではあるが、島内のツアーガイド事業者の多くは未加入であり、自然環境や地域社会への配慮などを組み込んだ協会のガイドラインを履行する仕組みが行き届かないなか、特定のサイトでのオーバーユースの進行や、利用サイトの無秩序な増加などの問題が生じているものの抜本的な措置の施行には、なお時間を要する現況にある。一方、行政主体で世界自然遺産登録に向けた取り組みが進行しつつあるなか、地域の参画を組み入れた管理計画の策定と履行に関してツアーガイド事業者の適切な対応が外部評価の対象になるのは避けられないのではないか。

 ひるがえって、エコツーリズム協会が取り組む地域貢献プログラムは多彩で、学校教育の支援や島の伝統文化の継承、地域運営などの担い手として機能しており、少子高齢化に伴う集落や地域の運営が困難になるなか、エコツーリズムの理念に合致するツアーガイド事業者の取り組みの社会的意義は大きいと言えよう。